ヘルニア患者の標準看護計画(鼠径)
ヘルニアとは
体腔の中の臓器が本来あるべき腔所から、それを容れている筋層と筋膜層を貫いて、被膜をかぶったまま突出してくる状態をさす。
ヘルニアの三要素は、①ヘルニア門(筋膜層、腹壁の間隙)、②ヘルニア嚢(ヘルニア内容を包む脱出被膜)、③ヘルニア内容(腹腔内から脱出する臓器あるいは組織)である。
分類はヘルニア門の部位により呼び方が異なり、鼠径ヘルニア、臍ヘルニア、腹壁ヘルニアがその主なものである。また脱出した状態により還納性ヘルニア(ヘルニア嚢に脱出したヘルニア内容を腹圧除去、用手整復などで還納できるもの)、嵌頓ヘルニア(非還納性ヘルニアでヘルニア内容の血行障害を伴わないもの)、絞扼ヘルニア(嵌頓したヘルニア内容が血行障害を伴うもの)の分類がある。ヘルニアの80%は鼠径部のヘルニアであり、性差は男性が女性の5倍、左右差では右、左、両側の順で多い。
アセスメントの視点
ヘルニア発症の最大の要因は持続する腹圧上昇や、周辺組織の弱体化であり、重労働、結腸癌、前立腺肥大、腹水、閉塞性肺疾患、肥満に加令が誘因となる。すなわち中高年男性に多い疾患である。中にはヘルニアバンドを着用し続ける患者もあるが、高齢化社会の進む中、老後生活を積極的に送るうえで、手術を受ける患者が多くなっている。
症状
普通は無症状かあっても軽いもので、自覚的には鼠径部、陰嚢部付近に出没性の膨瘤ときに局所の疼痛、不快感がある。嵌頓ヘルニアではヘルニア内容が腸管である場合は腸閉塞、悪心、嘔吐、腹痛を認め、絞扼が起こるとヘルニア頚部で静脈還流が阻害され、血栓形成、組織壊死へ陥り局所の疼痛が増強する。放置することにより腹膜炎、膿瘍形成、敗血症へと進展する。
検査
・身体所見
・CTスキャン
・超音波検査
・立位腹部単純X線写真
・血算一式および生化学検査
治療
1.手術療法
その適応は、成人の鼠径ヘルニアに自然治癒はないので診断がつきしだいとなる。最も確実で安全といえる。原則は、ヘルニア内容の処置、ヘルニア嚢の結紮・切除、ヘルニア門の縫合・補強である。
2.保存的療法
徒手還納(taxis)
嵌頓仕手から6時間以内ではっきりした絞扼症状あるいは発熱、白血球増加がなければ試みる。整復できなければ緊急手術の対象、整復できても根治術を行なう方が再発率が低い。
ヘルニアバンド(truss)
正しく着用しなければ絞扼の危険性を増したり、根治術を妨げる。
術後の経過と管理
手術は腰椎麻酔で行なわれる。そのため腰椎麻酔術後の看護に準ずることになる。腹腔鏡下で行なわれる場合は、全身麻酔となるが侵襲の少ない手術とされている。
1.疼痛の管理
術後疼痛については個人差はあるが、腹圧上昇による再脱出を防ぐ意味でも鎮痛剤を用いて鎮痛をはかる。
2.創部の管理
局所の安静のため咳嗽時や離床時は創部を押さえて再脱出を防ぐ。高齢者などリスクの高い患者は特に注意する。
術後合併症
1.後出血・血腫
手術直後から48時間以内におこりその症状は皮下出血でわかることがある。
2.感染・縫合不全
術後3~10日にみられ発熱等の炎症所見にヘルニアの再脱出をみることがある。
3.膀胱損傷・腸管損傷
術中操作によるが、発症率は低い。
標準看護計画(術前)
Ⅰ.アセスメントの視点(術前)
ヘルニア患者のほとんどは自覚症状がないが、ヘルニア内容の嵌頓、絞扼により症状が悪化し、緊急手術も必要となることを念頭におく。術前から腹圧を高めない生活行動を説明する必要がある。
Ⅱ.問題リスト(術前)
#1.疾患や手術に対する不安
〔要因〕・緊急手術
・手術そのものへの不安
#2.疾患による苦痛・疼痛
〔要因〕・ヘルニア内容の嵌頓
・腹圧の刺激
Ⅲ.看護目標(術前)
1. 疾患や手術に対する不安が軽減される
2. 症状の悪化を防ぎ、嵌頓、絞扼に陥らない
Ⅳ.看護問題(術前)
#1.疾患や手術に対する不安
〔要因〕・緊急手術
・手術そのものへの不安
&手術の必要性がわかり言葉で表現する
患者の思いを言葉で表現する
$手術前日
O-1.疾患、手術に関する情報量と理解度
2.表情、言語、態度の表出状況と不安の程度の関係
3.入院生活の適応度
4.食欲、食事摂取状況
5.身体状況の有無と程度
6.サポートシステムの状況、キーパーソンの有無
T-1.手術の必要性をわかりやすく説明する
2.術前オリエンテーションを不安なく受けとめられるよう援助する
3.不安を表出できるように受容的態度で接する
4.睡眠が障害されている場合は医師とも相談し、必要ならば睡眠剤の投与を行う
E-1.患者が術後の状態を具体的にイメージできるような説明をする
2.疑問や不安を表出するように促す
3.医師の説明で理解不足の点を追加説明し、補足する
#2.疾患による苦痛・疼痛
〔要因〕・ヘルニア内容の嵌頓
・腹圧の刺激
&身体的苦痛を緩和する
腹圧を高めない生活行動について理解し、実行できる
$手術前日
O-1.嵌頓の有無
2.疼痛の有無と程度
3.症状と腹圧の関係
T-1.嵌頓時には速やかに還納する
2.排便コントロールをおこなう
1)便秘時:緩下剤、水分摂取
2)下痢時:整腸剤、食事内容の確認
3.風邪の予防につとめる。くしゃみや咳嗽に注意する
4.重い荷物をもたない
E-1.嵌頓時の症状を説明し、還納方法を説明する
2.疼痛が増強する場合は絞扼の可能性もあるため医療者に連絡するよう説明する
3.腹圧を高めない生活行動(排泄、風邪、重労働等)の説明をする
看護計画(術後)
Ⅰ.アセスメントの視点(術後)
術後の合併症として血腫、感染に伴う縫合不全、再ヘルニアがあげられる。腰椎麻酔にしろ、全身麻酔にしろ侵襲の小さい手術のひとつである。再ヘルニアを予防するため、術後も生活行動に注意を必要とする。
Ⅱ.問題リスト(術後)
#1.血腫
〔要因〕・手術操作による局所の止血が不十分
・ヘルニア門のしめすぎによる循環障害、リンパうっ滞
#2.縫合不全
〔要因〕・感染
・衰弱、肥満、糖尿病、ステロイド剤の使用
#3.再ヘルニア
〔要因〕・縫合不全
・術中操作が不十分
1)ヘルニア嚢が処理されていない
2)ヘルニア門が縫縮されていない
3)後壁補強が不十分
・術後の過度の運動、体位
Ⅲ.看護目標(術後)
1. 手術に伴う苦痛の緩和がされ術後合併症に陥らない
2. 術後の回復とともに退院に向けて準備ができる
Ⅳ.看護問題(術後)
#1.血腫
〔要因〕・手術操作による局所の止血が不十分
・ヘルニア門のしめすぎによる循環障害、リンパうっ滞
&出血の異常の早期発見ができる
$術後~48時間
O-1. 2時間毎の観察、腫脹、熱感
2.ガーゼの汚染、性状
T-1.医師に報告
2.陰嚢を挙上し、冷罨法を行う
3.床上安静
4.大きい血腫は穿刺し、小さいものは自然吸収を待つ
5.必要時消炎剤の投与
E-1.安静が必要なときはその説明
#2.縫合不全
〔要因〕・感染
・衰弱、肥満、糖尿病、ステロイド剤の使用
&感染徴候がなく、異常な発熱を認めない
$術後 3~ 7日
O-1.発熱
2.局所の炎症所見
3.創部からの排膿
4.術前リスクとの関連
T-1.医師に報告
2.安静、ファーラー位
E-1.急激な体動や努責を避けるよう説明
#3.再ヘルニア
〔要因〕・縫合不全
・術中操作が不十分
1)ヘルニア嚢が処理されていない
2)ヘルニア門が縫縮されていない
3)後壁補強が不十分
・術後の過度の運動、体位
&再ヘルニアに陥らない
$術後~退院まで
O-1.嵌頓症状の観察
2.再ヘルニア時の体動(腹圧)との関係
T-1.医師に報告
2.絞扼の可能性がある場合は緊急手術の準備
E-1.術後 1~ 2ヵ月は腹圧を高める行動を避けるよう説明
1)排便コントロール:下痢、便秘をさける
2)風邪症状に注意する:咳やくしゃみの時は軽く手で創部を押さえる
3)重い荷物をもたない
4)マラソン、相撲、水泳、長時間の自転車等の運動の禁止
2.肥満のある患者には腹帯の使用をすすめる