狭心症患者の標準看護計画
狭心症とは
冠状動脈硬化を基礎に発症する病態で、心筋梗塞と共に虚血性心疾患に分類され、胸痛を主症状とする症候群である。冠状動脈硬化があると動脈の狭窄が起こり、労作時に高まった心筋の酸素消費をまかなうのに必要な酸素を含んだ動脈血が十分に流れない状態になる。その結果、心筋は虚血をきたし痛みが出現する。狭心症の発作は心筋虚血の持続時間が心筋壊死を生じない程度の長さであり、心筋梗塞とは異なり虚血の原因がなくなれば速やかに平常に回復する。
アセスメントの視点
狭心症は冠状動脈の硬化性狭窄や、一過性の攣縮によって一時的に血流が阻害され心筋の虚血状態をきたすが虚血の原因がなくなれば正常に戻るものである。しかし、この狭心発作を繰り返し起こしたり、症状が悪化すると心筋梗塞への移行も予測される。したがって緊急時の対処や予測される病態と状態の変化を常に念頭において観察する必要がある。
厚生省「人口動態統計」によれば、心疾患は現在日本の死因の2位となったが今後罹患率は確実に増加することが予想される。その背景には食生活の変化と喫煙人口の増加が考えられる。また虚血性心疾患に罹患しやすいパーソナリティ特性として、タイプA型行動パターンがあげられている。タイプAとは、目的に向かって常に情熱的に自己を駆り立て、仕事や余暇においても常に先を争い時間に追われるタイプをさし、タイプAはタイプBに比べ、虚血性心疾患の発症は2倍以上との報告がある。つまり虚血性心疾患に罹患しないライフスタイルとは、タイプAの行動パターンを避ければよいことになる。またリスクファクター(肥満・高血圧・喫煙・高脂血症・糖尿病)を減らすことが、虚血性心疾患の発生予防の一つの方法と考えられ、発症後の生活指導のためにもこれらの因子を把握しておくことが重要である。患者は入院により日常生活を中断され胸痛や不安に悩まされ、安静を保つことの苦痛や、制限された将来の生活を考えたりして不安な生活にある。こうした状態は治療過程に影響を与えることが考えられるため、個々の状態の時期を確認しながら対応しなければならない。
分類
1.誘因による分類
労作性狭心症
労作と関係して発作が起こる場合。
安静時狭心症
安静時や睡眠中に発作が起こる場合。
労作兼安静狭心症(混合型)
労作時および安静時のいずれも発作が起こる場合。
2.経過による分類
安定狭心症
症状および経過の比較的安定しているもの。
不安定狭心症
胸痛の頻度が増え、痛みの持続時間が長くなり程度が増悪していくもの。心筋梗塞に移行しやすい。
3.発生機序による分類
器質性狭心症
病理学的に冠状動脈に広範かつ高度な動脈硬化性の器質的狭窄があるもの。
冠攣縮性狭心症
冠状動脈の強い収縮によって起こるもの。
症状
主な症状は胸痛であり、胸骨中央部に3分の1ぐらいのところに現れ、しめつけ感、重苦しさ、圧迫感、焼きつけられるような感じなどいろいろな表現で訴えられる。また左顎、左肩、胃部に放散することもあり、さらに顔面蒼白、冷汗、吐き気、息苦しさ、動悸、眩暈などが伴うこともある。痛みは1~3分までの短い発作を繰り返し、長くても15分以内である。ほとんどが労作時、興奮時、食後などに起こり、特に早朝から午前中の行動を起こし始める時に多い。
検査
• 心電図検査
• 胸部X線検査
• 血液検査
• ホルターECG
• 心エコー
• 運動負荷試験
• 心臓核医学検査
• 冠動脈造影法
• CT
• MRI
治療
1.一般療法
冠危険因子の是正
2.薬物療法
硝酸薬、β遮断薬、Ca拮抗薬
3.経皮的冠状動脈形成術(PTCA)
バルーンカテーテルにて狭窄部を開大させて狭窄を軽減させる。緊急バイバス術を必要とすることがあり、準備下に施行される。
4.冠動脈バイパス術
冠状動脈に75%以上の狭窄、または完全閉塞を認め、かつPTCAが不可能の場合施行される。移植血管は内胸動脈、胃大網動脈、大伏在静脈などが用いられる。
5.大動脈バルーンポンプ法(IABP)
不安定狭心症において発作が重積し、内科的治療無効の症例では緊急時の治療として適応される。
合併症
• 不整脈(心室性期外収縮、心室頻拍、心室細動、心停止、房室ブロック)
• 失神
• 左心不全
• 心原性ショック
管理
1.胸痛発作時のサポート
胸痛発作が起こったらまず第一に痛みを軽減する必要がある。しかし入院後の最初の発作に対しては、ECG変化の確認をとる目的ですぐには硝酸薬(ニトロール等)を使用せずにECGをとることがある。この点については、入院時に患者に十分説明して協力を得ておくことが大切である。一方、頻回に発作を繰り返すような場合は痛みとともに死の恐怖や不安感が伴う。このことから痛みを軽減するとともに、そばで励まし平静な態度で援助して安心感を与えるように努める。
2.安静に関わるサポート
安静は心臓の負担を軽くし、心筋の酸素消費量を軽減するという目的で重要なことであるが、患者にとっては苦痛となる。発作がないときに定められた安静を守るのは難しく、過度の行動をとってしまいがちで、そのために発作を誘発し心筋梗塞に移行してしまうこともある。安静の必要性について、患者にとって分かりやすい説明を行い、受容できるように働きかけるとともに、許される範囲内での動きを最大限に介助し拘束されたなかにあっても安楽に過ごせるよう援助が必要。
3.検査に関わるサポート
狭心症発作時にECGで虚血性のST変化を記録できれば確定診断を下すことできる。このためモニターやホルターECGが用いられるが、狭心症の自然発作を記録することはなかなか難しく、発作を人為的に誘発させる運動負荷試験が行われる。この場合、強い胸痛や不整脈出現に注意し、ニトロール等の指示薬をすぐ投与できるようにしておく必要がある。また、狭心症薬の内服を中止として検査にのぞむ場合もあるため検査前、中、後の一般状態に十分注意する必要がある。検査に対する不安を最小限とするため患者に対しては、検査目的、方法を十分に説明し、理解を得て行われることが重要である。
4.リハビリテーション時のサポート
発作がコントロールされた後は、運動負荷試験、トレッドミル検査等を行った上で運動許容量が決められる。その範囲内での運動を行うことは心負荷となる体重増加やストレスの予防ならびに解消をはかり、冠状動脈の側副血行路を促進するためにも必要であることを説明し、希望をもってリハビリテーションを進めることができるように指導する。
看護計画
Ⅰ.アセスメントの視点
個々の発作の誘因、起こり方とその背景にある患者の生活様式を把握する。さらに狭心症を増悪させるような疾患を合併している場合は、どのような治療がなされているのか、また、発病及び入院によって生じる社会的、家庭的役割の変化と患者の身体面・精神面へどのような影響を及ぼしているのかを知る必要がある。そして退院に向けて治療が進められる中で患者自身が病気を理解して、リスクファクターを認識し、再発作を起こさないようにするための自己管理の指導を行い、家族の協力も得られるように援助していかなければならない。
Ⅱ.問題リスト
#1.疾患による苦痛
〔要因〕・胸痛及び随半症状による身体的苦痛
・症状からくる精神的苦痛
#2.検査、治療、処置及びその結果に対する不安
〔要因〕・情報不足
#3.心筋梗塞への移行の危険性
〔要因〕・発作が頻発、長期持続する等の症状の悪化
#4,安静を守ることができず発作を誘発させる可能性
〔要因〕・安静の必要性、日常生活行動おける制限の理解不足
・自覚症状がないために負荷をかけてしまう
#5.入院により社会的、家庭的な役割を果せないことによる精神的なストレス
#6.日常生活において適切な自己管理ができないことによる再発作の危険性
〔要因〕・危険因子がある
・知識不足
・薬物管理ができない
・発作時に適切な対処ができない
・日常生活行動について自己判断できない
#7.退院後の日常生活においての不安
Ⅱ.看護目標
1. 胸痛発作をおこさず心身の苦痛が軽減できる
2. 安静を保持することによる苦痛が軽減できる
3. 再発作および合併症をおこさず症状の悪化をきたさない
4. 疾患について理解するとともに受容できる
5. 冠危険因子を認識し再発作予防のための自己管理ができる
Ⅲ.看護問題
#1.疾患による苦痛
〔要因〕・胸痛及び随半症状による身体的苦痛
・症状からくる精神的苦痛作時に速やかに対処できる
&発作時に速やかに対処できる
症状が速やかに消失する
発作による不安感が軽減する
$診断や治療方針が決定するまで
O-1.バイタルサイン(血圧変動、脈拍増加、リズム不整、脈拍欠損)
2.モニター、ECG(ST低下・上昇の有無、発作のない時と比較、硝酸薬使用時の波形変化)
3.自覚症状
1)痛みの部位、程度
2)痛みの種類(絞扼感、圧迫感、放散痛の有無)
3)持続時間、動悸、呼吸困難、眩暈、嘔気等の有無
4)硝酸薬与薬後の症状の消失時間、また血管拡張による頭痛、心悸亢進、血圧低下等の有無
4.発作出現時の状況(誘因の有無-#6参照)
T-1.安静にして患者の安楽な体位にする
2.発作出現時は医師の指示を施行
1)ECG記録
2)硝酸薬与薬
3)硝酸薬与薬後、経時的にECG記録(ECG波形または症状改善する迄)をとり、胸痛の持続時間、改善時間、ニトロール等の舌下時間、バイタルサインを記録
4)ECG記録と同時にドクターコールをする
5)発作中は患者の側を離れないようにし、落ち着いた態度で接する
E-1.発作時はすぐにナースコールするように指導する
2.硝酸薬は常に患者の手元に置きすぐに服用できるようにし、服用時には起立性低血圧に注意し、座って服用する習慣づけを指導する
#2.検査、治療、処置及びその結果に対する不安
〔要因〕・情報不足
&検査・治療の方法、目的が十分理解でき不安が軽減する
$診断や治療方針が決定するまで
O-1.医師の治療方針、予定されている検査の把握
2.検査結果の把握
3.検査前後の症状の有無
T-1.検査の必要性・方法を分かりやすく患者に説明し、胸痛等があるときは診断・治療の過程でまもなく苦痛がとれることを伝え、精神的な不安を取り除く
2.検査結果について医師から十分な説明が受けられるよう配慮する
E-1.検査の前日は激しい労作を避けるようにし、禁食等ある場合は守るよう指導
2.検査に備えて薬物を中断している場合は発作出現に注意し無理な行動をとらず、ニトロール等を常に携帯するように指導
3.負荷試験の場合はニトロール等を検査室に持参する
#3.心筋梗塞への移行の危険性
〔要因〕・発作が頻発、長期持続する等の症状の悪化
&症状が悪化することなく適確な治療を受け、心筋梗塞への移行を防止できる
$診断や治療方針が決定するまで
O-1.モニター、ECG上STの上昇
2.15分間以上持続する激しい胸痛発作
3.硝酸薬を3錠使用しても症状の改善がない場合
4.バイタルサイン
5.心筋逸脱酵素(CPK、GOT、LDH等)の上昇
T-1.心筋梗塞が疑われる所見があればすぐに医師へ報告する
2.速やかに適切な処置が行われるよう準備
1)CCUへの搬入
2)ルート確保、酸素吸入等の救急処置
(以後心筋梗塞患者の看護を参照)
#4.安静を守ることができず、負荷をかけすぎて発作を誘発させる可能性
〔要因〕・安静の必要性、日常生活行動おける制限の理解不足
・自覚症状がないために負荷をかけてしまう
&安静の必要性を理解して決められた安静度を守り発作を起こさない
$退院まで
O-1.行動状況
2.医師からの説明内容の把握
3.疾患に対する理解度の把握
T-1.行動制限のため不足するADL面の介助(保清、扶送など)
2.安静度の範囲内で動ける工夫をし、精神的な苦痛をもたらせないような配慮をする
E-1.具体的な行動許容範囲について説明する
#5.入院により社会的、家庭的な役割を果せず精神的なストレスがある
&安心して入院生活を送ることができ、ストレスの軽減が図れる
$退院まで
O-1.入院によって生じる心配事、ストレスの有無
2.患者の家庭や、社会的な立場の把握
3.夜間の睡眠が十分得られているか
T-1.患者とのコミュニケーションを十分とり、入院に対する思いや訴えの傾聴
2.家族のサポートが得られるよう家人へはたらきかける
3.医師への情報提供
E-1.入院期間、予定されている検査内容等具体的に医師から説明してもらう
#6.日常生活において適切な自己管理ができず、再発作をおこす危険性がある
〔要因〕・危険因子がある
・知識不足
・薬物管理ができない
・発作時に適切な対処ができない
・日常生活行動について自己判断できない
&発作の誘因を認識し、再発作予防のための自己管理ができる
$退院まで
O-1.冠危険因子の有無の把握
1)高血圧
2)高脂血症
3)肥満
4)糖尿病
5)喫煙
6)ストレス・過労
7)遺伝
2.日常生活における心負荷因子、注意点についての理解度の把握
1)排便コントロール
2)精神状態(ストレス・イライラ感がないか,タイプA型行動)
3)睡眠
4)過食(暴飲・暴食していないか)
5)喫煙の習慣
6)体重増加、尿量減少、むくみや、血圧、脈拍の異常
7)塩分、水分の取りすぎ
8)適度な運動
9)気温の変化、入浴時の注意
10)内服薬の管理
11)発作時の対処
T-1.不眠の原因を取り除き、必要時睡眠剤、安定剤の与薬について医師と相談する
2.便通調節のため、必要時下剤の与薬について医師と相談する
3.塩分制限や低コレステロール食などの食事療法について、必要時個人栄養指導の計画を医師と相談する
E-1.冠危険因子の除去
1)高血圧の危険因子についてパンフレットを用い指導
血圧のコントロール、測定の習慣づけ
2)低コレステロール食について指導
3)標準体重の維持
4)血糖のコントロール
2.日常生活における再発作予防の注意点について指導
1)便秘予防の工夫を行い、怒責を避けるよう便通調節をする
2)規則正しくゆとりある生活を心掛ける
趣味、娯楽、適度な運動でストレス解消をはかる
3)日中に適度な運動等を促す
4)適量をゆっくり時間をかけて食事を取る
カロリー制限を守り、アルコールの取りすぎに注意
5)禁煙(喫煙の有害性と疾患との関係について説明)
6)異常の早期発見ができるよう毎日自己チェックする
自己検脈し、不整脈等あれば安静にすること
7)減塩食の工夫について説明し、促す
8)運動負荷の結果から医師と相談し、可能な運動の種類、量について説明
運動の有効性について説明し、適切な運動を毎日続けられるよう指導する
9)寒冷刺激を避ける
入浴はぬるめの温度で長湯とならないようにする
10)服薬は指示された通り正確に服用し、勝手に変更しないように指導する
薬剤の効用、副作用について説明
自己管理が難しい患者に対しては家族に指導する
硝酸薬は常に携帯するように指導
11)発作が起きたときは安静にしてニトロール等を舌下し、 3錠使用してもおさまらない場合はすぐ来院するよう患者本人、家族ともに指導する
#7.退院後の日常生活においての不安
&日常生活における自己管理ができ、不安なく社会生活が送れる
$退院まで
O-1.退院後の生活での不安な点について把握する
2.家庭でのサポート体制
3.食事療法の理解度
4.薬物療法の理解度
5.社会復帰後の仕事量、内容
E-1.試験外泊を促し、外泊時の生活状況、食事内容等について説明
2.パンフレットを用い最終的な日常生活の指導