甲状腺癌患者の標準看護計画
甲状腺癌とは
甲状腺癌は、体内の甲状腺刺激ホルモンの増加が原因とみられ、病理組織学的により乳頭腺癌・濾胞癌・髄様癌・未分化癌・悪性リンパ腫の5種類に分けられ、それぞれ臨床上の特徴など病態に違いがあるという特徴がある。
比較的に中年の女性に多いがあらゆる年令層に生じ15才未満と50才以上には性質の悪いものができやすい。ほとんどの場合病名を告知される。また創傷が目立ち、場合によれば手術後に発声障害などを生じる可能性がある。
アセスメントの視点
甲状腺癌の患者は、告知により生じる疾患や予後に対する恐れに加え、ボディイメージの変容に対する不安や発声障害など身体的機能の変化が社会的役割に及ぼす影響に対する不安などの精神面において多くの問題を抱えることになる。
症状
最初、甲状腺部位に結節を触れるが明らかな甲状腺機能の異常はみられない。
癌が周囲の組織を圧迫し、浸潤することにより頚部の圧迫感、頚部痛、嗄声、呼吸困難、嚥下困難などが出現してくる。
検査
・ 触診
・ 超音波検査
・ 軟線X線写真
・ 吸引細胞診
・ CTスキャン
・ シンチグラフィ
・ 胸部X線写真(腫瘍の進展度)
・ 血液一般検査
・ 甲状腺機能検査(TSH,T3,T4,free T4)
治療
1.手術療法
直径1~3cm以上は手術の適応となるが術式は症例によって異なる。術式には全摘、亜全摘(甲状腺の3分の2以上を切除)、葉切除、葉部分切除、岐切除、核出などがある。手術療法は、分化癌(乳頭腺癌、濾胞腺癌、髄様癌)が適応で、悪性リンパ腫は半数以上放射線治療で根治が可能であり、未分化癌はほとんどすべての例で根治的切除が出来ないことから手術の適応ではない。
2.甲状腺ホルモン剤の投与
3.抗癌剤の投与
4.放射線(ヨード)治療
術後の経過と管理
術後、特に問題のない症例では術翌日より経口摂取、離床を開始する。術後合併症として、血腫・気道浮腫・両側反回神経麻痺などによる気道狭窄の危険性があり、気管切開を要する場合もある。また、甲状腺全摘後や甲状腺切除範囲が大きい場合、手術後に甲状腺機能低下症や上皮小体機能低下による低カルシウム血症をきたし、テタニーを生じる危険性がある。
そこで術後は頚部の腫脹、チアノーゼ、呼吸困難や手のしびれ感、口唇や舌のこわばり感などの症状の出現に注意し、症状が出現した場合は早急に対応していく必要がある。
1.精神的サポート
甲状腺癌の患者はほとんど癌告知を受けていることに加え、創痛や身体機能の障害、ボディイメージの変容、合併症の出現などにより、多くの不安を抱えている。そのため術後の急性期を脱しても退院後の予期的不安など患者の不安は解消されない。そこで患者の言葉、表情、行動などに注意し、一貫した精神面へのサポートが必要である。
2.疼痛の管理
患者は創痛に加え、創部の安静による頚部の筋緊張のための疼痛やドレーン刺入部の疼痛などが出現する。
痛みの状態を把握し、適宜鎮痛剤を使用しながら筋緊張をほぐす工夫を行っていく。
3.呼吸器系の管理
手術中の気管内挿管による気道の圧迫や術後の出血による内頚静脈の圧迫などにより、気道や声帯の浮腫から気道閉塞をおこす危険性がある。また反回神経麻痺による誤飲や気道狭窄の可能性がある。そのため術後12時間は出血量をチエックし、気道閉塞症状の有無や、チアノーゼの有無の観察に努めていく必要がある。
4.栄養管理
特に問題のない症例には手術翌日より経口摂取が可能となる。開始時は反回神経麻痺がないか確認し、誤嚥を起こさないよう注意する。
5.SBバックの管理
SBバックは陰圧をかけた閉塞性のドレナージで、血液の凝固によりドレーン内腔の閉塞を防止するために検温毎にミルキングを行う必要がある。浸出液の減少を確認後、術後2~3日で抜去される。
6.創の処置
術後創部にはガーゼがあてられ固定されており、術後2~3日目に抜糸され、ステリーテープで固定しておく。(ただし創感染がみられた場合などは異なる。)
術後合併症
1.テタニー
上皮小体の損傷によるもので、血清Caイオンの急激な低下によって起こる。多くは一過性だが、甲状腺全摘後は永久性の低カルシウム血症を起こす。手のしびれ感、口唇や舌のこわばり感などが生じ、著しい低値になると痙攣や呼吸困難、意識障害を起こす。他覚的にはクヴォステック徴候やトルソー徴候によって確認できる。甲状腺癌では、術後2~3日目くらいに出現しやすく注意し観察する必要がある。
2.反回神経麻痺
反回神経の損傷により嗄声をきたす。両側の反回神経を損傷した場合は、両側声帯が正中固定し、呼吸困難をきたし、気管切開が必要となる。反回神経を切断した場合の嗄声は永続的であるが、対側の声帯が正中位を超えて病側声帯機能を代償するようになるため、経過とともに症状の軽快をみることが多い。反回神経の圧性や浮腫、血腫による圧迫のため麻痺は通常2~3ヵ月で回復する。上喉頭神経を損傷した場合には、術後1週間前後で機能が代償され症状は軽快する。術後早期で創部の血腫や浮腫が著明な場合には誤飲により窒息の危険性があり注意を要する。
3.術後血腫
頚部はデッドスペースが少ないため、術後の出血、血腫形成は気管を圧迫し呼吸困難をきたすことがある。術後創部の注意深い観察が必要であり、気管圧迫症状が強い場合には早急にドレナージ、再開創止血が必要である。
4.甲状腺機能低下症
甲状腺全摘後は機能低下がみられ、全身倦怠感、むくみ、便秘、貧血、月経異常などの症状が現われる。血中のT3,T4の低下、TSHの上昇がみられる場合は甲状腺ホルモンの代償療法が必要である。
看護計画(術前)
Ⅰ.アセスメントの視点(術前)
甲状腺癌の患者は、告知により生じる疾患や予後に対する恐れに加え、ボディイメージの変容に対する不安や発声障害など身体的機能の変化が社会的役割に及ぼす影響に対する不安などの精神面において多くの問題を抱えることになる。そこで患者の精神状態を把握し、その人の対処行動と対処能力を把握していくことが大切となってくる。
未分化癌と悪性リンパ腫では臨床症状と検査で診断がつきしだい、放射線照射と抗癌剤投与を併用されることがすすめられる。摂食状況や倦怠感などの自覚症状を把握し、体重の変化や血液検査など客観的データを把握するとともに、身体的苦痛や治療に対する不安、手術が遅れることの焦りなど精神面に対する影響を把握することが大切である。
Ⅱ.問題リスト(術前)
#1.疾患や予後・手術に対する不安
[要因]・疾患そのものへの恐れ
・病気の兆候(嗄声・気道狭窄症状)
・手術そのものへの恐れ
・検査や治療に対する知識不足による恐れ
・発声障害やボディイメージの変容に対する恐れ
・入院という慣れない環境
・社会的役割が果たせない
・手術後や退院後に対する予期的不安
#2.疾患による苦痛
[要因]・気道圧迫による呼吸苦や違和感
・食道圧迫による嚥下困難
・肉体的外観の変容による精神的苦痛
・嗄声による精神的苦痛
#3.家族の不安
[要因]・疾患そのものへの恐れ
・患者の予後や経済面への恐れ
・患者が癌であることを知っていることに対する恐れ
・家族内の役割の変化
・患者と家族間の人間関係
Ⅲ.看護目標(術前)
1. 疾患や手術の必要性が理解でき、手術や治療に向けて精神的な準備が出来る
2. ボディイメージの変容や身体機能の変化を理解し受けとめることが出来る
3. 術後合併症を予測し手術に対する身体的準備ができる
4. 家族を精神的に支える
Ⅳ.看護問題(術前)
#1.疾患や予後・手術に対する不安
[要因]・疾患そのものへの恐れ
・病気の兆候(嗄声・気道狭窄症状)
・手術そのものへの恐れ
・検査や治療に対する知識不足による恐れ
・発声障害やボディイメージの変容に対する恐れ
・入院という慣れない環境
・社会的役割が果たせない
・手術後や退院後に対する予期的不安
&検査と手術の必要性がわかり納得できたことを言葉に出して表す
癌や予後に対する不安や悲しみを言葉や態度で表現できる
ボディイメージや身体機能の変化をイメージできる
ボディイメージや身体機能の変化により影響される社会的役割に対しどうすれば良いか自分の考えを言葉にすることが出来る
術前のケアやセルフケア活動に参加できる
夜間眠れたことを言葉で表現する
術前術後の自分の状態がイメージでき対処行動を言葉で表現する
$手術前日
O-1.入院への適応状況
2.疾病、術前検査、手術に関する患者の情報量とその理解度
3.表情、言語、態度の表出状況と不安の程度の関係
4.食欲、食事摂取状況
5.身体症状の有無と程度
6.睡眠状況
7.サポートシステムの状況
8.性格
9.対処行動と対処能力
10.ボディイメージや身体機能の変化に関する理解度
11.患者にとって外観、身体機能、ライフスタイル、役割の変化がもつ意味
12.入院により果たせない社会的役割
13.入院にともなう経済状況
14.不定愁訴
T-1.病院の環境や、日課・きまりに関するオリエンテーションを行う
2.静かで安らぎのある環境を提供する
3.検査の方法や必要性をわかりやすく説明して協力を得る
4.検査の結果や手術の方法について医師から受けた説明をどのように理解しているかを確認し、誤解があれば正しく理解できるよう再度医師に説明をお願いするなり、補足する
5.機能的変化に対する注意点を説明する
6.変化する外観に対し隠すようなファッションをいくつか紹介する
7.家族の支援が得られるように家族の相談にのり信頼関係を高める
8.不安を表出できるため以下のケアをする
①患者や家族の訴えをよく聴き、受容的態度で接する
②不安が表出できるよう、患者・家族と信頼関係をつくる
③癌に対する不安は、医師から十分説明が受けられるようにする
④静かで休息のとれる環境をつくる
E-1.患者が術後の状態をイメージできるよう説明する。特に嗄声の出現や、テタニー症状の出現について説明し、症状の出現時は速やかに看護婦に知らせるよう指導する
2.気管切開が予想されるときは、術後発声が出来ないことや、吸痰を行うことなど説明する
3.医師の説明に対する理解度を確認し不足な点誤っている点を明らかにし補足する
4.不安な思いを表出してよいことを伝え、不明なところは質問するよう促す
#2.疾患による苦痛
[要因]・気道圧迫による呼吸苦や違和感
・食道圧迫による嚥下困難
・肉体的外観の変容による精神的苦痛
・嗄声による精神的苦痛
&身体的・精神的苦痛を最小限にとどめられる
$-手術前日
O-1.呼吸状態、呼吸数、血液データ
2.食事摂取状況、食事形態、体重の変化、血液データ
3.仕事の内容、趣味
4.外観に対する関心
T-1.呼吸しやすい体位の工夫する
2.飲み込みやすい食事に転食する
3.変化する外観に対し隠すようなファッションをいくつか紹介する
E-1.呼吸苦のある場合は激しい運動を控えるように指導する
2.嚥下困難がある場合は飲み込みやすい食品の紹介し、いっきに飲み込まないよう摂取方法を指導する
#3.家族の不安
[要因]・疾患そのものへの恐れ
・患者の予後や経済面への恐れ
・患者が癌であることを知っていることに対する恐れ
・疾患、検査、治療についての情報と理解度
・家族内の役割の変化
・患者と家族間の人間関係